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●議長(田中恒春) 小石洋議員。(拍手) [小石洋議員登壇] ●小石洋議員 無所属の小石でございます。通告に従いまして、順次質問をさせていただきます。 質問の中で都市問題についての2番目の交通に関しては、今回は省略させていただきます。 まず、学校教育についてお伺いをいたします。教育長にお伺いをしたいと思います。 21世紀を迎え、多くの社会を支えてきたシステムが揺らいできております。教育をめぐる環境も極めて厳しい状況にあります。船橋においても、教師の高齢化、資質の問題、不登校、非行の低年齢化、地域・家庭の教育力の低下等、難問が山積しております。 このような時代に、教育のかなめである教育長に就任なされました落合教育長には、心より敬意を表する次第であります。また、同時に少なからずの同情も寄せるものでございます。 教育一筋40年、現場の教師として、管理者として、また市・県の教育行政の立場を通して、広い視野とさまざまな経験から培われました教育に対する高い見識、深い洞察力、教育長に大変大きな期待を寄せているものであります。教育長自身も40年の集大成として、船橋の教育に対して熱い思いがあると思います。その熱い思いをぜひ聞かせていただきたいと思います。また、その根幹にある教育哲学というか教育観というか、あわせてお聞かせ願いたいと思います。 次に、生涯学習についてお伺いします。 まず、清川記念館についてお伺いをいたします。 先日、船橋ロータリークラブ創立15周年記念誌に掲載されておりました清川尚道さんの大正歳時記というものを読ませていただきました。昔の船橋が生き生きと描かれておりました。漁師町のこと、商家のこと、四季折々の祭りや行事のこと、泥臭い中にも活気にあふれた船橋がありました。 その一方で、清川さんは、師でもある画家椿貞雄を通して、岸田劉生、中川一政、武者小路実篤との交友、こういう中で清川、椿を中心にした文化的空間と申しましょうか、そういう中から大正ロマンの香りが漂ってくるような気さえいたしました。泥臭い活気にあふれた船橋にこんな世界もあったなんてと信じられない思いがいたしました。同時に、我が船橋もまんざら捨てたものじゃないなと、にんまりと小さな幸せを味わった次第でございます。 さて、3月3日から11日まで開催された清川記念館収蔵作品展は盛況であったと聞いております。どのぐらいの来場者なのか。また、船橋ゆかりの洋画家椿貞雄、岸田劉生、武者小路実篤など、文学史や美術史上著名な作家の作品が展示されておりましたが、文化史という観点からどのように把握しているのか。また、この清川記念館収蔵作品展を通して、成果と今後学ぶべき点についてご答弁をお願いいたします。 次に、都市問題について、治安についてお伺いをいたします。 最近、新聞を読んでいますと、ひったくり、恐喝とか暴力事件等少年犯罪、また窃盗、強盗等外国人のかかわったと思われる事件の記事が載っていない日はありません。JR津田沼駅北口周辺においても、遊興施設が集中し、そのにぎわいは深夜から早朝まで及んでおります。そして、青少年の健全育成や周辺住民の安全が憂慮されております。 このような状況を心配した千葉県警本部の呼びかけで、前原自治会連合協議会、商店街、飲食店を中心に、船橋市津田沼駅前地区暴力団排除連絡協議会が発足し、東警察と一体となって、明るく安全なまちづくりに取り組んでおり、また青少年の環境を守る市民の会も活発な活動を展開しております。 このような中で、突然、津田沼駅北口にある駅前交番の南口への移転の話が船橋側にも入ってきました。かなり進行しているという形で入ってきたわけでございます。こういう中で津田沼の状況を考えていきますと、津田沼駅北側の習志野市の住民も、また船橋市の住民も町の治安に大きな危機感を抱いております。そういった中で両者で協力をしながら、千葉県、県警本部、習志野市、習志野市警察署、JR津田沼駅、船橋市、船橋東警察署に北口交番の存続を陳情いたしております。 船橋市長は、市民の安全確保は行政の最も基本とすべきところであり、存続に向け、最大限の努力を続けてまいりますと、地元住民にとっては大変心強い回答をいただいております。 JR津田沼駅北口周辺は市境です。皆様もご承知のように、複雑な境界線がございます。また、北口の利用者の90%は船橋市民でございます。土地はほとんどが駅前広場は習志野市でございます。そういった中で、対応は非常に難しい地域ではあると思っております。そういう中で、市の方としてもぜひご努力をいただいて、北口にぜひ交番を残しておいてもらいたいと強く思うものであります。現在、この交番移転の問題がどのような状況にあるのかをお伺いいたします。 次に、駐輪問題についてお伺いをいたします。 市内に数ある駅の中でも、主要駅であるこの津田沼駅にきちっと整備された駐輪場がないのが現状でございます。また駐輪の問題をやるのかと言われそうなんですけれども、今回は、去年、前原分遣所跡地にできた駐輪施設が、前原連絡所がその施設に入ったということで、分遣所跡地にできました駐輪場が廃止されたわけです。市の説明では、新しい駐輪場をつくりますので、行き先のなくなった自転車は新しい駐輪場で吸収されますからと、こういうことで地元も納得をしていたわけでございます。市政懇談会でも、国有地があるので、国と交渉をこれからしますという回答も得ております。 ただ、現在に至っても、なかなか今回の予算の中でも、この津田沼の駐輪場ということは出てこない。まだ間に合わないのか、そういう状況にあります。この国有地に設置するという駐輪場の件はどういうふうな状況になっているのか。また、もし決まっているなら、いつごろ、どこの場所にできるよとか、その規模をできたら教えていただきたいと思います。 最後に、ごみ対策です。ごみ収集ステーションについてお伺いしたいと思います。 市内に1万4000カ所近くの収集ステーションがあるそうです。当然さまざまなトラブルも数多く発生していることと思います。市の指導員の皆さんのご努力も大変なものがあろうかと思っております。ただ、最近のこのトラブルの中で1つ、何度も出てくるんですけれども、いわゆる規制されていない500平米以下の戸建て分譲の場合、結局、中に住民が住むようになりますと、開発した人はもう関係がなくなってしまう、こういうことでいつももめるわけなんですけれども、この500平米以下の戸建て分譲の場合、ごみステーションの設置については船橋市はどのようにしているのかをお伺いして、1問を終わります。 [教育長登壇] ●教育長(落合護) ただいま教育哲学ということですが、浅学非才の身で小石議員のご質問に十分お答えできないのが大変残念でございますが、これから皆様のご支援をいただきながら、教育行政を執行するに当たって幾つかの考えを少し時間をいただいて申し上げて、答弁とさせていただきたいと思います。 初めに、この職につきまして、改めて社会的な教育の意味の重さを感じるとともに、責任の重大さも痛感しております。特に議員の皆様方には、各会派超えていろいろと温かいご指導やらご鞭撻をいただき、また厳しいご指導もいただいております。これが船橋の教育行政の糧になればというふうに、微力でございますが頑張っていきたいと思いますので、よろしくお願いしたいと思います。 教育という営みは、先ほど市長も言っておりましたが、何よりすぐれた人材が必要だというふうに考えております。「人は人によりてのみ人となり得る」というカントの言葉を引き合いに出すまでもなく、人がすべてとは申し上げませんが、教育の質を決める最大の要素は人であるというふうに思っております。船橋の教育を考えるとき、人材を得て心豊かな人を育てることが大きな目標の1つだというふうに考えております。 次に、新しい時代への対応は果断に進めていかなければならないと考えております。前東大学長でいらっしゃいました吉川先生がこんなことをおっしゃっていたと聞きました。「知識の量がふえれば、それは次の世代に引き継ぐのに必要な教育費も増加していく。その費用を個人で負担しなければならないとしたら、教育を受けない方が得だと考える時代が必ずやってくる。」かなり以前から社会には経済的な余裕の有無によって生じた教育学習の格差は歴然としてあり、吉川先生の言葉の中にもあらわれていると思いますが、このようなことが早くから言われていたというふうに認識しております。だれでもが教育の恩恵を享受できる生涯学習体制の整備などは、現代的な大きな課題だと認識しております。 また、かつては学校が子供たちの教育を一手に引き受け、それゆえに内部完結主義とでも申しますか、排他的であるとの感がありました。確かに、一時期は学校も社会の期待にそれなりにこたえていた時代もあったと思います。しかし、将来を展望して、子供に望む多くの能力の育成は、生涯学習社会の基礎づくりとしての学校教育も重視していかなければならないと思いますが、学校がすべてを抱え込むことはもはや困難だと思います。議会において開かれた学校についてお話をさせていただいておりますが、その関連施策を進めるためにも、活力ある社会と学校との調和のとれた望ましい関係づくりが極めて大切だと考えております。 さらに、その時々にふさわしい教育ということに加えて、その地域にふさわしい教育という視点を持つことも心がけていきたいと考えております。臨教審以来、教育の中に個性重視の声が高くなり、やがて学校についても特色ある学校づくりということが言われるようになりました。そのことから言えば、当然他の地域ならず、船橋の特性に根差した、船橋だけの特色ある教育があってもよいと考えますし、少なくとも船橋の学校で学んだ児童生徒が、船橋の学校で学んでよかったという感慨の持てる教育を推進したいと考えております。 最後に、不易と流行という言葉がありますが、旧来のものをいたずらに変えるということは好むところでありませんが、先例、前例だからということをもって、そのまま進めるやり方には問題があると考えております。したがって、今行っております授業についても、今日的にどのような価値を持っているのか、また将来的にどのような価値を持ち得るのかということを問い直しながら、教育施策を進めていきたいというふうに考えております。 以上、就任来、幾らかは着手したものを含めて、現時点での抱負や願いといったものを余り整理もせずに思いつくまま申し上げましたが、意のあるところをご理解いただいて、今後とも議会の皆様を初め、皆様方のご支援をお願い申し上げる次第でございます。 以上です。 [生涯学習部長登壇] ●生涯学習部長(小川博仁) 教育についてのうち、生涯学習に関するご質問にお答えをいたします。 清川記念館の来場者数がどのくらいかということでございますが、私ども今月の3日から11日まで8日間、清川記念館収蔵作品展を開催をいたしました。初日は400人を超え、また8日間で2,480人の来場がございました。 次に、作品展を船橋の文化史からどのように把握しているのか、それから作品展を通して成果と今後学ぶべき点についてというご質問でございますが、大変難しいご質問でございますが、一緒にお答えをさせていただきます。 今回、清川記念館収蔵作品展で武者小路実篤の作品を展示をいたしましたが、ご承知のように、武者小路実篤や志賀直哉によって明治43年に創刊されました文芸誌「白樺」は、その明るく自由なスタイルと人間主義によって当時の文壇に新風を起こし、若者たちの圧倒的な支持を得て、日本の近代文学の形成に大きな影響を及ぼしたことは、周知の歴史的な事実でございます。 また、白樺派の同人たちは美術に対しても非常に造詣を持ちまして、ゴッホ、セザンヌ、ロダン等のフランス近代美術を含むヨーロッパ美術の紹介や啓蒙、彼らのモットーである愛と美の心をみずから絵画で表現し、我が国の美術運動にも大きな足跡を残しております。 武者小路実篤と岸田劉生、岸田劉生と船橋ゆかりの洋画家椿貞雄の関係の中で、今回、収蔵作品として武者小路実篤、岸田劉生、椿貞雄の作品が展示されたということは、まさに白樺派と美術というテーマ性を1つの側面として持っておりまして、清川氏がそれらの白樺派の同人等との交友関係にあったということは、船橋の文化史をひもとく上で大きな関心事であるというふうに思っております。 清川尚道氏は、昭和33年1月6日の椿貞雄の告別式に、病気で出席できなかった葬儀委員長であります武者小路実篤にかわって代理を務めましたが、実篤はその弔辞の中で「君への皆の思い出、愛は消えることなくますます強く燃え上がり、君の仕事の光はますます輝くことであろう。船橋市の人は君を愛してくれるであろう。僕が船橋市の名を特記し、船橋のある人々に深き愛情を持ち得たのも、実に君のおかげであった。この因縁から何か生まれることを僕は期待している」というふうに述べております。まさに実篤が船橋で深き愛情を持った1人が今回の清川記念館の起草者の清川氏でありまして、氏は戦後の船橋における美術活動の礎を築き、美術連盟の創設にも大変な尽力をされております。 今回の収蔵作品展のパネルでも紹介いたしましたが、清川尚道氏を中心に発足したデッサン勉強会のコントン会発足のきっかけは、昭和27年当時の公民館の成人学校デッサン科から生まれた会でありまして、コントン会が来年で50周年を迎えるとのお話を伺って、市民の文化史という側面と同時に、船橋の社会教育活動の歴史として、そのような先人諸氏の活動の上に今日の生涯学習活動があるということを深く受けとめていかなければならないと思っております。 このように清川記念館収蔵作品展の開催を通して、多くのことを私たちは学ぶことができたのではないかと考えております。同時に、文化の問題を文化一般という議論のレベルで終わらせることなく、郷土文化の具体的な歴史を踏まえ、行政として市民文化の発展のために一層の努力をしてまいりたいというふうに思っております。 最後に、武者小路実篤が船橋への深き愛情を感ずるもととなった人物の1人である高浜虚子高弟の郷土の俳人、柏崎夢香の椿貞雄を悼む句を申し上げたいと思います。 「冬椿 落ちたる音の 一大事」 「寒椿 散華人哭き 我も哭く」 柏崎夢香 この柏崎夢香という人は、今社会教育課におります柏崎清という職員のおじいさんでございます。 以上でございます。 [市民生活部長登壇] ●市民生活部長(渡来直治) 都市問題のうち、治安に関するご質問にお答えをいたします。 ご質問の習志野警察署津田沼駅前交番の移転問題につきましては、船橋市といたしましても深刻に受けとめ、関係機関に確認をいたしましたところ、JR津田沼駅の開発計画があり、現在地のJR津田沼駅北口には交番の設置用地の確保が非常に難しいということから、JR津田沼駅南口への移転計画が浮上してきたものでございます。 JR東日本千葉支社としては、当初、地上5階建ての商業ビルを平成13年の1月に着工をめどとして計画をしておりました。その後、JR東日本本社の指示によりまして、大規模開発を含めた計画の見直しをするということから、開発の規模、時期等に関しては、現在のところまだ流動的であるということでございます。 このような状況の中で、市といたしましても、同交番のJR津田沼駅北口での存続に向けて、これまで関係方面に鋭意要望をしてまいったところでございますが、今後とも千葉県警察本部、習志野警察署、習志野市、さらにはJR東日本等に粘り強く要望をしてまいりたい、このように考えております。 [道路部長登壇] ●道路部長(涌井稔) それでは、津田沼駅北口の駐輪場の見通しについてご答弁申し上げます。 JR津田沼駅北口周辺につきましては、大変放置自転車が多いわけでございます。その上、昨年は津田沼連絡所の移設に伴いまして、第3自転車駐車場が廃止され、自転車利用者の多くの市民の方々に大変ご不便をおかけいたしました。このため、早急に代替駐輪場の整備を図るために、用地の確保に向けて、民有地を含め、駐輪場に利用可能と思われる土地の所有者と鋭意交渉いたしました。しかし、民有地につきましては残念ながら理解を得ることができなかったわけでございます。 しかし、ご質問の国有地につきましては、主要地方道長沼・船橋線沿いの前原交番付近の──住所から申し上げますと前原西2丁目274番の45にございますが、財務省所管の国有地でございます。この土地に駐輪場を設置するため、昨年から国あるいは県と協議を重ねたところでございますが、基本的に内諾が得られましたので、13年度に建設するための予算を計上させていただいたところでございます。 なお、現在、収容台数は380台程度を計画しておりまして、駐輪場の整備ができ次第、年度途中ではございますけれども、供用を開始してまいりたいと思っております。 以上でございます。 [環境部長登壇] ●環境部長(小野武志) ごみステーションの問題につきましてお答えいたします。 先ほどお話がありましたけれども、現在、市内には約1万3500カ所のごみステーションがございます。このうち約6割は道路上にあり、道路をごみステーションとして利用しておりますが、これらの状況を改善するために、面積500平米以上の開発とワンルームマンションにつきましては、市の宅地開発指導要綱の中で敷地内でのステーションの設置を義務付けておりますけれども、これ以下の戸建て分譲や建て替えの場合には義務規定がなされておりません。そのようなことで、いろいろ問題があると指摘をいただきましたので、今後指導するに当たりまして、どのようにしてこれらの情報、建築等の情報を収集することができるか、関係課と協議してまいりたいと思います。 以上です。 [小石洋議員登壇] ●小石洋議員 2問をさせていただきます。 教育長の答弁の中で、先例にとらわれず、やるときはやる、こういう心強いお言葉をいただきまして本当にありがとうございます。これからも船橋の教育の活性化というか、活力を入れるよう、ひとつ頑張っていただきたいと思います。 また、生涯学習部長さんにも懇切丁寧にありまして、本当にありがとうございます。 1点、ごみ収集の件についてちょっと要望があるんですけれども、1万4000件近くの収集ステーションがあると、相当な数の苦情なりトラブルが生じていると思うんですよ。やはり今の我々の地域でごみの件というのは大変なんですけれども、いつも苦情が来てから指導員が来て説明する。今の状況だと、そういう余裕というのですか、そういうふうな状況なんですけれども、1万4000件近くで多数の苦情が出ると、大体苦情のパターンというのが出てくるんじゃないかな、あるんじゃないかなと思うんですよ、分析していくと。 そういう中で、いわゆる出し方の問題、利用者の数が50軒以上の人だと大抵出てくるよとか、また駅の近くになれば利用できない人が捨てていくとか、そういうパターンというのがあると思うので、これからいろんな苦情を分析しながらパターン化して、ここは苦情が出そうなパターン、その中でも1番これは最悪だなと思われるような状況のところがあれば、言われないうちに、ひとついわゆる受け身ではなくて、こちらから事前にそういうのを解決していく、そういうような形もとれるんじゃないかなと思いますので、今後検討していただきたいと思います。 それと前後しますけれども、治安の問題なんですけれども、津田沼で一番交番がなくなって困るということは、津田沼に集まってくる人たちというのは、夜遅くまでなんですけれども、ほとんどが電車で来たり車で来たり、地元の人じゃない人が多いわけなんです。そうすると、何かあったとき、今、駅前の交番だと、そこへ駆けつけることができるわけなんですよ、何かあって追われたりしたときに。ところが、ないと、これは大変な状況になってくるんですよね。 ただ、船橋側にありますけれども、船橋側は東金街道の向こうですから、ほとんどの人がよそから来た、遊びに来ている人は知らない状況にあるわけなんですよ。そういうことで、この駅前の交番がなくなると本当に、行政の人も十分認識しているんですけれども、大変な状況になるので、ぜひひとつ努力して残していただきたいなと思います。 先ほど清水議員の方から、ことし、部長さん初め71名の職員の皆様が退職なされるということで、本当にどうもご苦労さまでございます。長い間ご苦労さまでございます。私もこの場をかりて感謝申し上げたいと思います。私もことしで60歳になったんです、12月で。ですから、同じ世代の人が定年で退職されていくと、非常に今、寂しい思いがしております。(予定時間終了5分前の合図) そういう中で、ちょうど椿貞雄の「原人」という昔の雑誌に寄稿された随筆で、「きょうは3月16日」という随筆があるんです。恐らく60歳の誕生日のことを書いたろうと思うんですよ。その中で、60歳の感想を述べているわけなんですが、ぜひこれから退職して新しい世界で頑張っていく人に贈りたいと思います。(発言する者あり)あなたもそうなんです。(「私はまだだ」と呼ぶ者あり) 「私は60歳になりましたが、全くへのような60年です。しかし、大分世なれしてきたと思うし、心はいよいよ素直になり、純粋になり、謙譲になり、自分の仕事に全力を尽くせるような年になったなという気がいたします」──こういうことです。 これで質問を終わります。 …………………………………………… ●議会運営委員長(興松勲) 暫時休憩願います。 ●議長(田中恒春) ここで、会議を休憩します。 午後2時38分休憩 ───────────────── 船橋市議会事務局 議事課 Tel. |
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