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●議長(千葉満) 佐藤重雄議員。(拍手) [佐藤重雄議員登壇] ●佐藤重雄議員 まず、住宅政策にかかわる問題から質問をいたします。 住宅マスタープランの策定をする費用が計上されて、いよいよ船橋市の住宅政策の基本的な骨格がこれからつくられようということだと思っていますが、先日、このマスタープランの問題で、1つだけ私、気になることがありましたが、それは、既にマスタープランの策定以前に借上公営住宅の戸数の計画が決まっているというふうな答弁があったんです。そうすると、マスタープランの前に、もう市の最も基本的な住宅政策の柱である公営住宅の供給戸数を決めてしまうというのは一体どういうことなのか、あるいはマスタープランでさらに見直すというならそれはそれでいいわけですが、そういうことなのかどうかもあわせて、ほかの質問にもあわせて答えていただきたいと思います。 マスタープランの内容で、密集木造住宅の改善云々というようなことも言われました。マスタープランは、当然のことながら、居住水準についての指定、あるいは基準が決められなければなりません。その場合に、居住水準というのは、既に国の制度として最低居住水準、あるいは船橋などで言えば、都市型誘導居住水準というのが決められているんです。そうすると、密集木造住宅の改善云々というのは、一体何を指すんだろうか。もし居住水準を言うんであれば、既に上位の決定があるわけですから、それを達成する、しない、どこを目標にするという、それだけの話になってしまうんじゃないでしょうか、その点についても伺っておきたいと思います。 住宅政策ということになれば、居住水準と同時に住宅の供給するボリューム、量の問題、供給の方法、これらが明確にされなければならないと思うんです。例えば持ち家、賃貸住宅、そして賃貸住宅であれば供給形態が民間、公共、さらに公共ならば、公営なのか、公団なのか、公社なのか、それぞれどれだけの供給をしなければ住宅政策が完結しないか。もうほとんどはそういう点を決めれば、住宅政策の骨格というのはでき上がってしまうんじゃないかと思うんですが、その具体的な供給量が決まったとして、今度は実現性と客観性が求められるわけであります。その客観性、実現性を、どうしてこれを担保するかというと、それこそ市民の直接参加、私はこれで居住形態、いわゆる民間の持ち家であるとか、民間借家であるとか、公団借家であるとか、公営住宅借家であるとか、居住形態による分類から、それぞれの市民が参加することが必要ではないかと思うんですが、まずこの点についても答えてください。 次に、市の住宅政策というのは、国の住宅政策なんかと違って、もっと住民に身近な公共住宅が行う住宅政策ということで、マスタープランもその1つでありますが、絶対に欠かせない要素として高齢者対策、低所得者対策、これらを対象とした政策が絶対に不可欠であります。国は何期5計とかいうことで、もう大ざっぱな話を決めておけば、できなくても、国も全然責任を負わないのが日本ですから、それらと比較すれば、地方公共団体の行う住宅政策というのは、極めて住民との接点が明確でなければならないと思うんです。そこで、公団やあるいは公営住宅の役割がなければ、地方公共団体の住宅政策というのは、そもそも成立いたしません。 ちなみに言いますと、昨年の10月でしたか、全面施行されました高齢者の居住の安定確保に関する法律というのは、地方行政の地方公共団体だけではもう多分無理だろうというのを大前提にして、その場合は、自分たちでやるだけでは足りない場合、やるだけでは不十分な場合はどうするか。公社と公団に協力を要請するということになっているんです。だから、船橋市は公営住宅足りませんから、もう待ったなし、無条件で公団と公社住宅に依存しなければならない。ところが、船橋市には残念ながら公社住宅というのは1戸もないんですね。そうすると、公営住宅頼みでなければ、船橋市の住宅政策というのはでき上がらない。まず、この点を認めるかどうかなんです。 それを公団を無視で、全然除外して政策がまとまるって言うんなら、それはそれでいいんですが、そしたら、そのときの基本的な供給体系の骨格を示していただきたい。それがなければ、単に口だけの話になってしまいますので、さっき言いましたが、民間の持ち家と賃貸の供給形態、これをどういうふうにしたら公団抜きでできると思うか。もしできない、やっぱり私が言うとおりであるとするならば、市長は、この公団住宅について、どういう対応をするのか。 先日、団地の居住者が市長とお会いしたときには、市長の個人的な見解というのは伺いました。それはそれで私たちも納得いたしますが、個人として私的に見解を語るだけでは、政治家としての役割ではないんですね。ですから、いよいよ公的な市長としての立場で、この公団についてどう評価し、どう市の住宅政策に位置付けていこうとするのか、この点は市長から明確に答えていただきたいというふうに思いますが、よろしくお願いをいたします。 さて、2つ目のテーマで、通告であります税と個別負担の市民の二重負担について幾つか聞きたいと思うんです。 この議会でも、応益負担という言葉が理事者の方から何回か出されました。これまでは受益者負担という言葉も言われてたんですが、最近、この受益者というのは、実は地方行政で言えば、地方自治法で受益というのは、数人の特別の利益を受ける人とかいう、その受益というのに法律上の枠組みがあることに気がついたのか、あるいは使うとまずいと思ったのか、今度は応益という。応益というのは、利益に応じてという言葉なんですね。何のことはない、これは市民が行政の行う固有の行政事務、その結果、何らかの――何でもいいんですね、形は。不利益でも構わないんですが、行政事務の結果、影響を受けた。これ、応益だと言っているわけでしょう。これを応益だからサービス、行政サービスでそれは負担をしてもらう――応益負担。こんなことを考えてたら、税は一体何のために存在するんですか。 そこで、今の憲法と地方自治法、それに戦後の税制制度の大原則は応能なんです。そうですよね。応能――能力に応じて負担をして、所得の再配分機能を税にも持たせて、それで憲法25条の国民の権利と国の義務の保障を税制上与えて、そして地方自治体については、つい最近は改正されましたが、地方自治法の2条3項に地方行政が行う固有の事務というのは全部列記してあったじゃないですか。最近は表現が変わって、身近な行政になっていますけれども、だからといって、何もやらないでいいわけじゃないんです。要は、この所得の再配分機能、それに基づいて行う国、地方自治体のあらゆるレベルの行政が、その所得の再配分機能を、これに基づいて国民がひとしく最低限の生活を営む権利というのが保障されるわけです。 ですから、まず第一義的には、行政事務というのは税によって運営されるのが大原則なんです。応能と税によって行政事務を行うというのは大原則。これをまず原則だと認めますか、認めませんか、そこを伺いたい。 そうでないと、これが認めないというんなら、それはそれで議論になりますが、これを認めるんだけれども、応益負担の原則だとか、受益者負担の原則とかいうのが、何のことはない、これ、商取引の原則でしょ。利益を受けた者がお金を払うというのは商取引の原則ですよ、これ。地方行政事務にこんなもの原則なんかありっこないんです。何の法律的な根拠があって、こういう言葉をこの場所で使うことになったのか、明確にしていただきたい。 さて、今回も新たな市民負担を求める議案や予算案が出されています。この論拠についても幾つか聞きたいんです。 1つは、粗大ごみの収集、新たに市民の負担を求めるというもの、あるいはがん検診等を有料化する。それぞれに理由を述べられていますが、特徴的なことは何かといいますと、説明をしている内容にもっともらしさも全く感じられないということなんです。普通は、もう少しもっともらしさぐらいは出すものなんですが、いいですか、これから私4つ挙げます、今までの答弁聞いて。 ごみの案については、減量のためと言っています。ところが、その後すぐに言っていることは何かといいますと、この条例が決まるとすると、駆け込みで、もうさきに捨てるから、次の初年度は4割ぐらい減るだろうと言うんですね。それはそうかもしれません。だけど、その後は年に1割ぐらいはふえる。何のことはない、これ減量になんないと言っているのと同じ言葉でしょ。だから、自己否定しているわけね。 2つ目、6カ月の猶予期間があるから、周知はできる。周知をするってことと市民が納得するのは全く別の話なんです。それで、もっとひどく言えば、6カ月周知しておくから、今のうちに粗大ごみになるものを早く捨てちゃいなさいよと、これ奨励しているわけよ。ごみの減量とは矛盾する考え方でしょ。もう少しちゃんとした論立てをして説明をしていかないと、これを認めるというのは、もう少し論理的に考えたら、これ、できる話じゃないんですよ。 そして、3つ目、決める過程において、市民の声や専門家の意見をもっと聞けばよかったと反省している。これからは生かしたい、こういう答弁もありました。もう既に反省が始まってね。 4つ目、これはもっと驚く話ですが、経済とは関係がないんだ。そういうだけならまだしもですが、不景気な今がそのチャンスだと言っている――時期だと言っている。 同じことをがん検診の場合も言っています。有料化をすると、市民が生活習慣病に関心を持つようになって、市が検診を行わなくても、みずからの健康に関心を持つから早期発見につながる、こういう論立てをいたしました。 提案をするからにはね……。前にもこういうことがあったんです。こういう議論があったわけです。お年寄りに心配かけるのも福祉だ。これは議員の側から出て、今この辺にいらっしゃるから、ちょっと気になっている方もいるかもしれませんが、こういう人がいたんです。前には、プラネタリウムは、お金を取ると子供たちがよく勉強をして、施設を大切にする、こういう話もした。 一貫しているのね。この言葉から結論付けられるのは何かというと、船橋市民は有料にして痛めつけなければ気がつかない。だから、痛めつけて気づかせてやる、そういう論立てでしょ。(「そうだ」と呼ぶ者あり)それ以外の結論があるんですか、今までの発言から。あり得ないの、これは。 提案をした趣旨や目的をみずから否定して、あるいはそれこそおもしろい論立ての例えとして、風が吹けばおけ屋がもうかるという話がありますが、風が吹けばおけ屋がもうかるだけの、それほどの論立て、論理的なつながりもないの。だから、市長ね、これから具体的にこれまで答弁された方の答弁を変えるわけにないから、もう答弁求めませんから、こういう答弁を市長聞いててどう感想持ちました、そこだけ聞かしてください。 最近、元国務大臣、「外務省内には官尊民卑の思想がばっこしている」記者会見で言っていましたがね。これこそ官尊民卑のばっこそのものじゃないんですか。頭のてっぺんからつま先まで、市民は痛めつけられなければ気がつかない、痛めつけられなければごみを出す。こんな論立てをしているということを、市長、どんなふうに感じますか、それを伺います。 さて、3つ目の問題は、市政執行方針と予算ともかかわるんですが、時間があれば、もう少し後で深く聞きたいんですが、幾つか聞いておきたい点は、単純にいたします。 市長が今度の所信表明で、「市民と協働」、ともに働く、協力して働くという、そういう表現を使って、極端なことを言えば、市民と手を携えて、船橋市の市政を進めよう。その言葉は私も大いに賛成できるんですが、実際にやっていること、そうなっているかというと、これまた極端な乖離、それこそすき間があります。 例えば、市長が先日、市民参加の典型だと言ってここで答弁された中身に、「海を活かしたまちづくり」というのがあるんです。私、これ実は質問するつもりはなかったんです、最初は。ところが、これが市民参加の典型だと言われると、これは違うということを明確にしなきゃいけない。 例えば、これはこの市民参加のまちづくりの基本的な中身の策定は、日大に委託してるって言ってるんです。もう委託してる。ところが、こっちでは別に、市長が委嘱状を出して海を活かしたまちづくり推進協議会というのがあるんです。こっちの方を多分市民参加だと言っていると思うんですが、ところが、やってる行政の事務は――事務をやっているのは行政です。そして、この海を活かしたまちづくり推進協議会の所掌事務というのが第2項にあるんです。所掌というのは、何々をつかさどるという意味ですが、所掌する事項には、推進協議会は、海を活かしたまちづくりの――いいですか、基本構想・基本計画を協議する。2項の2、海を活かしたまちづくり活動について啓発し、また助言する。 一方で、委託しちゃってて、一方でこれつくって、啓発したり、助言したりしたら、対象どこなんです、これ。日大ですか。先日、勉強会でそこのところちょっと気になったから聞いたら、日大だって言ったじゃないんですか。日大に助言する組織が、何で船橋の市民参加なんですか。 こういうことを市民参加の典型だと言わなければ、まあそんなもんかと思って言うけれども、これを市民参加の典型にされては、それこそ中身と実態はまるっきり違うんですよ。一般公募の市民がこの中に6名が入っているって言ってました。だけど、この協議会と市長名で委嘱した協議会と、行政の間を律する――関係を明確にする、そういう文書は何もないじゃないですか。だから、極端なことを言えば、これはもう隠れみのにしようが、言いわけに使おうが、何にでも使われちゃう。 事務というのは正確に進めていただきたい。本当の意味での市民参加というのは、じゃ、どうかというのを、私も少し考えてみましたが、まず政策の立案、変更、決定、執行、大体こんな手順で進むと思うんですが、行政と市民の関係を明確に律する基準がなければいけないということ、そして、その際、市民が参加するというのは、行政と、時には対等の権限を有するとして参加しなければ、これは隠れみのに使われることは可能性が大であります。 あるいは、当事者。この推進協議会にも、あの辺の土地の権利者が入ってますよ。自分の利益誘導にこの協議会を誘導したって、だれもこれ、問題にもできない、律する基準がないから。こういうことをやめて、例えばさっき例えに挙げましたが、粗大ごみの有料化をするにしても、決定するにしても、直ちに反省しなきゃなんない言いわけをするんじゃなくて、まず市民を信頼すること、そしてごみの発生のメカニズム、処理、環境に与える負荷、そういうものを行政が持っている情報を全部市民に、これは同じ量、共有する、ここから始めなければ、さっきの官尊民卑の結果にどっからでも陥ってしまうから、そこをまず、情報を共有する。 そこで、どうしたらごみを減量できるのか、市民は何を協力してもらいたいのか。それこそ流通や生産には何を求めるのか。それを具体的にどうやって執行したら協力が得られるか。考え方に対する協力と、実際に市民が行政執行に対する協力と、両方をお願いして、そこで初めて市民参加なんですよ。そうでないとすると、その市民参加は、恐らく一番早く出てくるのが隠れみのに使われる。 よく審議会、第三者審議会なんて言うけども、中には1.5人称で呼ぶ当事者と当事者の仲間内だけなんていうのはいっぱいあるじゃないですか。そんなのを隠れみのにする。今度、市民まで含めて隠れみのに使われたんでは、市民がいい迷惑でありますから、私が今言ったような基準が早急に必要だと思いますが、いかがお考えでしょうか。 あと、2問目でもう少しやるのは、その先にさせていただきます。1問目、お願いします。 船橋市議会事務局 議事課 Tel. |
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