4.京成電鉄 京成本線           

 

@ 概要         

 京成電鉄は東京と成田を結ぶ鉄道で、船橋を通る京成上野〜成田空港間69.3kmの本線と、他6路線からなる全線153.8kmの鉄道です。 

 船橋市内にある駅は7駅、路線延長は8.6kmです。

 船橋市内には、普通、快速、通勤特急、特急、快特、モーニング・イブニングライナー、シティライナーが走っています。京成船橋と船橋競馬場と東中山には快速も停車し、さらに、京成船橋には通勤特急、特急、快特、シティライナーも停車します。  

 

A 計画と敷設免許

 京成電鉄は、その名が示すとおり東京と成田を結ぶ不動様参りの路線として計画され、明治42年6月30日に京成電気軌道として創立しました。                      

 明治36年11月28日に押上〜成田間は軌道敷設の申請をし、明治40年5月28日に免許を得ました。昭和5年10月には上野〜日暮里〜筑波郡田井村(現茨城県つくば市)間の敷設免許を持っていた筑波高速度電気鉄道と合併し、その免許により上野〜青砥間を敷設しました。                        

B 開業          

 大正元年11月3日に押上〜江戸川間と曲金(現在の京成高砂)〜柴又間が開業し、大正4年11月3日に船橋市内の京成中山までが開通したことにより船橋に初めて電車が走りました。

C 路線の延伸

 免許申請時は、京成中山〜西海神〜総武鉄道船橋駅の北側〜前原新田〜大和田という経路の予定でしたが、船橋町(現在の船橋市)の中心を外れてしまうため、市街地を通る現在のルートに変更されました。そして、京成中山〜京成船橋間4.3kmは大正5年12月30日に開業しました。                                             

 当初は、船橋市街を東進する予定でしたが、地元の反対から海老川沿いの水田地帯を急カーブしながら通過することとなりました。

 鉄道の目的地は成田でしたが、千葉方面の人々からの要望に応え、大正10年7月17日に京成船橋〜京成千葉間17.5kmが開業し、その後、成田までは大正15年12月24日、上野までは昭和8年12月10日に開業しました。なお、昭和20年6月25日には社名を京成電気軌道から京成電鉄に改称しました。

 成田空港(現東成田)までは昭和53年5月21日に開業し、空港ターミナルに乗り入れている現在の成田空港駅は、第3種事業免許の成田空港高速鉄道を利用して平成3年3月19日に開業しました。また、平成10年10月1日には千葉急行電鉄の路線を引き継ぎ、千葉中央〜ちはら台間を開業しました。
                                            

D 施設の近代化

 船橋市内では、線路を高架する事により16ヶ所の踏切を廃止すると共に、関連側道の整備を行うべく、海神1丁目〜宮本4丁目の間、約2.5kmの区間を都市計画事業として連続立体交差事業を進めてきましたが、平成16年11月27日に上り線が、平成18年11月25日に下り線が高架線による運行を開始しました。

また、19年11月17日には、京成船橋駅とJR船橋駅南口再開発ビル「フェイス」がペデストリアンデッキでつながりました。

 

E 輸送対策      

 京成電鉄は、都心部への進出に力を入れ、昭和6年には日暮里で山手線との連絡が可能となりました。さらに、押上からは東京都が建設した地下鉄1号線(都営浅草線)に乗り入れすることとしましたが、京成電鉄は地下鉄と軌間が違うため、京成電鉄は全線の軌間を1,372mmから地下鉄と同じ1,435mmに変更しました。昭和35年12月4日に都営地下鉄1号線が開通し押上〜浅草橋間との乗り入れが始まり、昭和43年に西馬込まで全線開通しました。                              

 

F 他社との乗り入れ  
 
京成線は4私鉄と乗り入れをしており、押上で都営浅草線と京浜急行線、京成高砂で北総鉄道線、東成田で芝山鉄道線とそれぞれ相互乗り入れをしています。

 

 

 
鉄道歴史用もどる